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人事担当者が知っておくべき派遣社員との向き合い方

令和の職場では、派遣社員と企業の関係性が根本から問い直されています。

私が人材業界で20年以上現場を見てきた中で、最も心を痛めるのは「派遣社員だから」という理由で人として軽んじられるケースです。

2022年度の派遣労働者数は約214万人に達し、日本の労働市場において欠かせない存在となった派遣社員。

しかし、統計の数字だけでは見えない現実があります。

私は東北大学卒業後、リクルートスタッフィングで営業から人事・コンサルティングまで経験し、2009年に独立してから現在まで、派遣労働市場の最前線で多くの声を聞いてきました。

その中で痛感するのは、制度と実態の乖離、そして現場の声がなかなか届かない構造的な問題です。

本記事では、人事担当者が派遣社員と真摯に向き合うための実践的指針をお伝えします。

一人ひとりの人生が軽んじられない職場を作るために、今日からできることがあります。

派遣という働き方の現状と背景

派遣労働の定義と仕組み

派遣労働とは、労働者が派遣元事業主と雇用契約を結び、派遣先事業主の指揮命令の下で労働に従事する三者間の雇用形態です。

この複雑な関係性こそが、派遣社員が抱える多くの課題の根源となっています。

雇用主と実際に働く場所が異なるため、責任の所在が曖昧になりがちです。

私が現場で見てきた限り、この「中間に位置する存在」が派遣社員を孤立させる要因の一つになっています。

制度の変遷と実務への影響

2015年派遣法改正により、派遣労働者のキャリアアップを後押しする計画的な教育訓練の実施が派遣会社に義務付けられました。

これは画期的な変化でしたが、実際の運用には多くの課題が残されています。

法改正の背景には、派遣社員のキャリア形成機会の乏しさという深刻な問題がありました。

しかし、制度を作っただけでは現場は変わりません。

私が取材で回った企業の中には、形式的に制度を整えただけで、実質的な支援が行われていないケースも少なくありませんでした。

2020年の同一労働同一賃金の適用により、派遣社員の待遇改善が進んだ一方で、新たな課題も生まれています。

統計で見る派遣社員の実態と傾向

派遣労働者の賃金は1万5,968円(8時間換算)で前年比1.7%上昇という数字は、一見すると改善を示しています。

しかし、この数字だけでは見えない現実があります。

正社員を希望する派遣社員の86.1%が正社員になることは難しいと感じているという調査結果は、派遣社員が抱える将来不安の深刻さを物語っています。

私が実際にヒアリングした派遣社員の声でも、「スキルを身につけたいが、どこから手をつけていいかわからない」「キャリアパスが見えない」という悩みが頻繁に聞かれます。

派遣社員の26.6%が「今後、正社員になりたい」と回答している一方で、実際に行動に移せない構造的な壁が存在しているのです。

人事担当者に求められる視点と姿勢

「一時的な労働力」ではなく「職場の一員」として捉える

多くの人事担当者が陥りがちな誤解があります。

それは、派遣社員を「必要な時だけ使える便利な労働力」と捉えてしまうことです。

私が現場で見てきた成功例では、派遣社員を「期間限定の職場の仲間」として位置づけている企業が圧倒的に良い結果を出しています。

具体的には、新人研修への参加機会の提供、社内イベントへの参加の促進、そして何より「チームの一員」としての役割を明確にすることです。

ある製造業の企業では、派遣社員にも正社員と同じ安全研修を受けさせ、改善提案制度への参加を促しています。

結果として、派遣社員からの提案が会社の生産性向上に大きく貢献したケースもありました。

ミスマッチ防止と配置の工夫

派遣社員の配置では、単純にスキルマッチングだけを考えるのではなく、職場の人間関係や企業文化との適合性も重要です。

私が調査した企業の中で、派遣社員の定着率が高い職場には共通点があります。

  • 1. 明確な業務範囲と期待値の設定
  • 2. 定期的な面談とフィードバック機会の提供
  • 3. 正社員との橋渡し役となるメンター制度

特に重要なのは、派遣社員が「何を期待されているか」を明確にすることです。

曖昧な指示や期待値のずれは、双方にとって不幸な結果をもたらします。

ハラスメント・孤立への配慮と対応

派遣社員は正社員より弱い立場に置かれやすく、パワハラの対象となりやすいという現実を、人事担当者は深刻に受け止める必要があります。

派遣社員は「外部の人」のイメージが強く、仲間はずれにされがちな面があることも、職場環境を悪化させる要因となっています。

私が取材した中で印象的だったのは、ある建設会社の取り組みです。

この会社では、派遣社員が孤立しないよう、正社員に対して「派遣社員との適切な関わり方」に関する研修を実施しています。

具体的には、業務指示の方法、コミュニケーションのあり方、そして問題が発生した際の対応方法について学ぶ機会を設けています。

結果として、派遣社員からの苦情が大幅に減少し、職場全体の雰囲気も改善されました。

現場の声から学ぶ:派遣社員が感じる”壁”

コミュニケーションの不足と誤解

私が20年以上現場を見てきた中で、最も多く聞かれる悩みがコミュニケーションの問題です。

派遣社員からは「何を聞いていいかわからない」「遠慮してしまう」という声が多く寄せられます。

一方、正社員からは「どこまで頼んでいいかわからない」「責任の範囲が不明確」という困惑の声が聞かれます。

この問題の根底には、三者間の関係性の複雑さがあります。

ある派遣社員は私にこう話してくれました。

「派遣先の上司からは『それは派遣元に聞いて』と言われ、派遣元からは『現場のことは派遣先に』と言われる。結局、誰にも相談できない状況が続いています」

このような状況を解決するには、人事担当者が積極的にコミュニケーションの橋渡しをする必要があります。

評価や貢献が見えにくい構造

派遣社員の多くが抱える悩みの一つに、「自分の仕事がどう評価されているかわからない」というものがあります。

正社員であれば人事評価制度があり、定期的なフィードバックが受けられます。

しかし、派遣社員の場合、そのような機会が限られているのが現実です。

私が調査した企業の中で、派遣社員の満足度が高い職場では、以下のような取り組みが行われていました。

月次の振り返りミーティングで、派遣社員の貢献を具体的に評価し、フィードバックを提供しています。

また、プロジェクト終了時には、必ず派遣社員の役割と成果を明確に言語化し、今後のキャリアにつながるような助言を行っています。

実際に、優良派遣事業者認定を受けているシグマスタッフの評判を見ても、派遣スタッフと派遣先企業の両方に良い環境づくりを提供している企業ほど、派遣社員からの信頼度が高いことがわかります。

将来不安とキャリア形成の難しさ

正社員を希望する派遣社員の86.1%が正社員になることは難しいと感じているという数字は、派遣社員が抱える将来不安の深刻さを示しています。

私が実際に話を聞いた派遣社員の多くが、「このまま年を重ねて大丈夫だろうか」という不安を抱えています。

ある40代の派遣社員は、こう話してくれました。

「20代、30代は体力もあって、新しいことも覚えられました。でも40代になって、果たして自分にどんな価値があるのか、正直わからなくなってきています」

この不安は、単に個人の問題ではありません。

社会全体で派遣社員のキャリア形成を支援する仕組みが不十分だからこそ生まれる問題なのです。

人事ができる支援と職場環境づくり

派遣元との連携によるフォロー体制の強化

効果的な派遣社員支援のためには、派遣元企業との密な連携が不可欠です。

私が見てきた成功事例では、派遣先と派遣元が定期的に情報共有の場を設けています。

具体的には、月次のミーティングで派遣社員の状況を共有し、課題があれば迅速に対応する体制を構築しています。

また、派遣社員のスキルアップ計画についても、派遣先と派遣元が協力して策定しています。

派遣先での実務経験を踏まえて、派遣元が提供する研修内容を調整するなど、連携の効果は大きいものです。

連携強化のポイント

情報共有の仕組み化により、派遣社員の状況を継続的に把握できます。

課題の早期発見と迅速な対応が可能になります。

スキルアップ計画の共同策定により、効果的な人材育成が実現します。

相談窓口・フィードバック機会の設置

派遣社員が安心して相談できる環境を整備することは、人事担当者の重要な役割です。

私が調査した中で、特に効果的だった取り組みをご紹介します。

月次の定期面談において、業務内容だけでなく、職場環境や人間関係についても話し合う時間を設けています。

また、派遣社員専用の相談窓口を設置し、匿名でも相談できる仕組みを構築している企業もあります。

重要なのは、相談を受けた際の対応です。

問題を軽視したり、派遣元に丸投げしたりするのではなく、派遣先として積極的に関与し、解決に向けて行動することが求められます。

キャリアパス支援と「学ぶ機会」の提供

すべての派遣労働者が利用できる職業生活設計に関する相談窓口の設置が必要とされていますが、派遣先企業も積極的に支援できることがあります。

私が取材した企業では、派遣社員に対して以下のような機会を提供しています。

社内で開催される研修への参加機会を提供し、派遣社員のスキルアップを支援しています。

業務に関連する資格取得の支援や、勉強会への参加を奨励しています。

また、派遣社員が将来的にどのようなキャリアを目指したいかを聞き、それに合わせた業務経験を積めるよう配慮しています。

ある派遣社員は、「派遣先で経験させてもらったプロジェクトマネジメントの経験が、次の転職で大きな武器になった」と話してくれました。

このように、派遣先での経験が派遣社員の長期的なキャリア形成に貢献できるのです。

制度と実態の乖離を埋めるには

法制度の意図と現場運用のギャップ

段階的かつ体系的な教育訓練、キャリアコンサルティングの相談窓口設置などが要件として法的に定められていますが、現場での実効性には課題があります。

私が現場で見てきた問題の一つに、「制度はあるが利用されていない」というものがあります。

派遣社員自身が制度の存在を知らない、または利用方法がわからないケースが多いのです。

また、制度を利用しようとしても、実際の業務が忙しく、時間を確保できないという現実的な問題もあります。

政策関係者と企業現場をつなぐ中間的役割とは

私が長年この業界にいて感じるのは、政策を立案する側と実際に現場で働く人々との間に、大きな溝があることです。

政策関係者は統計データや理論に基づいて制度を設計しますが、現場の複雑さや個別事情を十分に理解していないことがあります。

一方、現場の人々は日々の業務に追われ、制度の背景や意図を理解する余裕がないことも多いのです。

人事担当者は、この中間に位置する存在として、重要な役割を担っています。

現場の実態を把握し、制度を効果的に活用するための工夫を考え、必要に応じて政策提言を行うことも求められます。

実態把握のためのデータ活用と現場ヒアリングの重要性

制度と実態の乖離を埋めるためには、正確な実態把握が不可欠です。

私が現場で実践してきた方法をお伝えします。

定量的なデータの収集として、派遣社員の満足度調査、離職率の分析、スキルアップ制度の利用状況などを定期的に測定します。

しかし、数字だけでは見えない現実があります。

そこで重要になるのが、直接的なヒアリングです。

派遣社員一人ひとりの声を聞き、課題や要望を把握することで、制度改善の具体的な方向性が見えてきます。

私が行ったヒアリングでは、「制度があることは知っているが、利用するタイミングがわからない」「上司に相談したいが、忙しそうで声をかけにくい」といった、制度設計では想定されていない問題が浮き彫りになりました。

このような現場の声を踏まえて、制度の運用方法を改善していくことが重要です。

まとめ

「派遣社員とどう向き合うか」が企業文化を問う時代

ハラスメント予防・解決の取組により「職場のコミュニケーションが活性化する」効果が39.1%で最多という調査結果が示すように、派遣社員への配慮は職場全体の環境改善につながります。

私が20年以上この業界で見てきた変化の中で、最も印象的なのは、派遣社員を大切にする企業ほど、全体的な働きやすさが向上しているということです。

これは偶然ではありません。

派遣社員という、ともすれば軽視されがちな立場の人々に真摯に向き合う姿勢は、その企業の価値観そのものを反映しているからです。

人事担当者こそが変化の起点になれる

人事担当者は、組織の中で最も多様な立場の人々と接する機会があります。

正社員、契約社員、派遣社員、アルバイトなど、様々な雇用形態で働く人々の声を聞き、それぞれのニーズに応える役割を担っています。

その中で、派遣社員への対応は、人事担当者の真価が問われる場面の一つです。

私が現場で見てきた優秀な人事担当者に共通するのは、「雇用形態に関係なく、一人ひとりを大切にする」という姿勢です。

この姿勢があるからこそ、派遣社員からの信頼を得られ、結果として組織全体のパフォーマンス向上につながっているのです。

誰もが尊厳をもって働ける職場への第一歩として

私が目指している未来は、派遣という働き方が人生の選択肢の一つとしてきちんと認められる社会です。

そのためには、派遣社員を「一時的な労働力」ではなく、「職場の大切な仲間」として受け入れる企業文化の醸成が必要です。

派遣社員の32.6%が派遣先や派遣元から正社員化の誘いを受けた経験があるという数字は、派遣社員の能力が正当に評価されている証拠でもあります。

人事担当者の皆様には、派遣社員一人ひとりの人生に真摯に向き合い、その人が持つ可能性を最大限に引き出すための支援をお願いしたいと思います。

それが、誰もが尊厳をもって働ける職場を実現するための第一歩なのです。

制度と実態の乖離を埋める作業は決して簡単ではありませんが、現場の声に耳を傾け、一つひとつの課題に向き合っていけば、必ず道は開けます。

私たち一人ひとりの行動が、より良い労働環境の実現につながることを信じています。

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