私はこれまで、全国で180棟以上のマンション修繕プロジェクトに携わってきました。
どの現場でも、足場が組まれ、シートで覆われた自分のマンションを見上げて、「ああ、ついに面倒な工事が始まったか」とため息をつく住民の方をたくさん見てきました。
大規模修繕は、決して楽しいイベントではありません。
しかし、その面倒で、埃っぽい工事の先に、そのマンションが今後数十年にわたって「住み続けたい家」でいられるかどうかがかかっているのです。
以前、とある古いマンションの住民説明会でのことです。
「こんなに埃まみれで、もう家じゃない」と涙を流された70代の女性がいらっしゃいました。
その瞬間、「図面上は正しくても、住民は幸せじゃない現場」を何度も見てきた私自身の葛藤がよみがえりました。
彼女の涙は、私に「工事の正しさより、暮らしの正しさ」を追求するという、この仕事の原点に立ち返らせてくれました。
大規模修繕は、建物を新築時に「原状回復」させるだけのものではありません。
それは、未来の住まいの快適さと、その資産価値を何倍にも高めるための「未来への投資」なのです。
私、堀内修平は、マンションを、数字ではなく「暮らし」で直す専門家です。
この記事では、国土交通省の「マンション再生アドバイザー」としての知見と、180棟の現場で培った私の経験から、あなたの家を「育つ家」にするための、住まいの価値を高める3つのコツをお伝えします。
目次
住まいの価値を高める投資としての修繕:3つのコツ
マンションの大規模修繕は、一般的に12年程度の周期で行うことが目安とされています。
これは、建物にとって、外壁の塗料や防水材といった「皮膚」の耐用年数が約12年で限界を迎えるためです。
人間の皮膚と同じで、定期的に手入れをしないと、雨風や紫外線という「老化」の影響をダイレクトに受けてしまいます。
ただ、多くの管理組合が陥りがちなのが、「とにかく最低限直せばいい」という考え方です。
しかし、それでは「資産価値の維持」はできても、「資産価値の向上」には繋がりません。
大規模修繕を「最高の投資」に変えるために、特に重要な3つのコツをご紹介します。
1. 住人の「心」に寄り添う、納得のいく合意形成
大規模修繕で最も難しいのは、技術的な工事ではなく、実は「人の心」をまとめることです。
お金、期間、デザイン、そして工事中の生活の不便さ。
これらすべてが、住民一人ひとりの生活に直結するため、「どうせ誰かが決めるのだろう」という無関心や、意見の衝突が生まれやすいのです。
専門用語が引き起こす「無関心の壁」の正体(原因)
私が独立して初期の頃、技術的な正しさだけを追求し、専門用語を多用した説明会を開いたことがありました。
結果はどうなったかというと、「住民との合意形成を軽視した」ことで、工事がストップして半年以上も遅延してしまったのです。
住民の方々は「何が起きているのか分からない」「なぜこんなにお金を払うのか納得できない」という気持ちになっていたからです。
技術者は「シーリング材」「ポリマーセメント系」「エポキシ樹脂注入工法」といった専門用語で正しく説明したつもりでも、聞いている側にとってはただの“呪文”です。
人は、理解できないものに対しては、参加意欲を失い、「無関心の壁」を作ってしまいます。
「手描きパース」で未来の暮らしを共有する(解決策)
私はこの失敗から、技術だけでは修繕は成り立たないことを痛感し、アプローチを根本から変えました。
私の住民説明会では、専門用語は一切使いません。
- 「シーリング材」→「建物の継ぎ目を守る、ゴム状のパッキン」
- 「高圧洗浄」→「お風呂のカビを落とすように、汚れを吹き飛ばします」
このように、必ず身近な例に置き換えて説明します。
そして、最も重視するのが「手描きパース」です。
図面ではなく、「新しい塗料を塗ったら、玄関前がこんなに明るくなりますよ」「バリアフリーのスロープができたら、ベビーカーの移動が楽になりますよ」と、工事後の「未来の我が家」を視覚的に見せるのです。
この一手間が、住民を「費用の負担者」から「住まいを守る主人公」に変えるのです。
住民の「誇り」が修繕を成功させる(住民の声/エピソード)
ある修繕後、理事会の方が私にこう言いました。
「工事前はみんな文句ばかりでしたが、完成後のデザインパースを見せたら、急に『ここをもっと明るく』『植栽はこれで』と、前向きな意見が出始めたんです。まるで、自分たちの家をデザインしているようでした」
「人の心が置いてけぼりの工事は、どんなに綺麗でも失敗だ。」という私の信条は、このエピソードに集約されています。
住民の心が動けば、積極的に工事に参加し、結果としてスムーズで予算内のプロジェクト完了(私の実績では95%が予算内で完了しています)へと繋がるのです。
2. 「ただ直す」から「アップグレード」へ、未来を見据えた素材選び
大規模修繕を単なる「補修」で終わらせてしまうと、そのマンションの価値はゆるやかに下がり続けます。
真の「投資」とは、今の不便や課題を解消し、次の修繕周期までの間に、住まいの魅力を高め続けることです。
12年後の未来を想像しない、目の前の予算の罠(原因)
長期修繕計画は一般的に12年周期をベースとしていますが、中には「今回はとにかく安く」と、安価な塗料や防水材を選びがちな管理組合もあります。
しかし、建物の耐久性を見極めずに周期を延ばそうとしたり、目先の安さで低耐久の材料を選ぶと、そのツケは必ず次の大規模修繕で回ってきます。
例えば、安価な塗料を使った場合、12年を待たずに塗膜が浮き始め、コンクリートの劣化を早めてしまう可能性があります。
これは、人間の体で言えば、「応急処置」ばかりで「体質改善」をしないのと同じことです。
「外壁は皮膚、配管は血管」長寿命化を叶える素材戦略(解決策)
私はよく、「建物も人間の体と同じ」「外壁は皮膚、配管は血管」という比喩を使います。
建物が健康に長生きするためには、皮膚と血管、つまり「外壁・防水層」と「給排水システム」への投資が最も重要です。
未来への投資となる具体的なアップグレードの例は、以下の通りです。
- 遮熱塗料の採用:屋上や外壁に遮熱効果の高い塗料を使うことで、夏場の室温上昇を抑え、冷房費を削減します。これは快適性だけでなく、電気代という目に見えるメリットを居住者にもたらします。
- 給水システムの改良:老朽化した鋼管を、錆びる心配のない樹脂管やステンレス管に更新します。配管はまさしく「血管」であり、きれいな水を安全に届け続けることは「生活価値」の根幹です。
- バリアフリー化・セキュリティ強化:高齢化に備えた共用部の段差解消や、最新の防犯カメラの設置・増設は、住む人の安心感を高め、マンションの魅力を格段に向上させます。
これらの改良改修は、単なる原状回復ではなく、マンションの「物件価値」と「生活価値」を同時に高める、まさに賢い投資です。
「このタイルは最高だね」住民満足度を上げる工夫(住民の声/エピソード)
ある現場で、修繕後にエントランスのタイルや照明を少しグレードアップしたところ、住民の方から思わぬ声が上がりました。
「毎日、エントランスを通るたびに、まるで新築のマンションに住んでいるみたいだと感じています。」
人は、美しく、手入れが行き届いた環境に住んでいることに「誇り」を持つようになります。
その「誇り」こそが、物件価値を高め、新しい入居者を惹きつける、最強のアピールポイントになるのです。
3. 数字だけで終わらせない!信頼できるパートナーの選び方
大規模修繕の成否は、コンサルタントや施工会社という「パートナー」選びにかかっています。
多くの管理組合が、最も安い見積もりを出した業者を選びがちですが、それが最も危険な選択になりかねません。
見積もり書の「安さ」に飛びつくリスクの代償(原因)
工事費用は高額ですから、理事会として「安さ」を追求したくなる気持ちはよく分かります。
しかし、安すぎる見積もりは、どこかで手抜き工事や、質の低い材料への変更、あるいは工事中に予期せぬ追加費用が発生する「罠」を含んでいる可能性があります。
私は独立初期に、技術だけを信じ、住民との対話を怠った結果、工事ストップという失敗を経験しました。
技術の正しさは前提ですが、それだけで現場は動きません。
パートナーを選ぶ際は、「技術屋」としての腕だけでなく、「管理組合の気持ち」を理解できる「哲学」を持っているかどうかが重要です。
例えば、豊富な実績を持つ大規模修繕コンサルティングの株式会社T.D.Sのような会社を選ぶ場合でも、契約前に必ずその評判や口コミを確認し、技術と哲学の両面から信頼できるパートナーであるかを慎重に見極める必要があります。
参考: 株式会社T.D.Sの評判・口コミ – エン カイシャの評判
「技術屋と哲学者のハイブリッド」なコンサルタントを見極める(解決策)
私が国土交通省の「マンション再生アドバイザー」として、またコンサルタントとして常に意識しているのは、「数字と感情のバランスを取る」ことです。
信頼できるパートナーを見極めるためには、以下の3つの質問を投げかけてみてください。
- 「私たちのマンションの将来の『暮らし』について、どうお考えですか?」:単なる工法や費用ではなく、住人の視点に立った提案ができるかを見ます。
- 「予算内で完了させるために、どのようなコミュニケーション計画を立てていますか?」:技術だけでなく、住民の合意形成をどう支援してくれるかを確認します。
- 「現場で予期せぬトラブルが起きた場合、どのように対処する予定ですか?」:リスク管理と、専門用語を使わない平易な言葉で説明できるかを見ます。
工事を「我慢の時間」ではなく「誇りの時間」に変えてくれるのは、住民に寄り添い、真摯に対話してくれる「伴走型メンター」のような存在です。
予算内で完了した修繕が残した、見えない財産(住民の声/エピソード)
私の手がけたプロジェクトの95%が予算内で完了しているのは、私たちが技術よりも「対話」に時間をかけているからです。
ある修繕完了後、住民の方々が、工事期間中に現場監督さんと交わした感謝のメッセージを、寄せ書きにして手渡していました。
「工事が終わるのが少し寂しい」とすら言っていました。
大規模修繕で最も大きな財産は、新しくなった外壁でも、きれいになったエントランスでもありません。
それは、「この家を長く大切にしたい」という住民全員の意識の統一と、それによって築かれた管理組合とパートナーとの「信頼関係」という、見えない財産なのです。
まとめ
大規模修繕は、単に劣化した建物を直す「メンテナンス」ではなく、あなたの住まいと未来の暮らしに投資をする「資産再生」の機会です。
私、堀内修平は、自信を持って申し上げます。
あなたの家は、まだ“育つ”家です。
その成長の鍵を握る3つのコツを、もう一度確認しましょう。
- 合意形成:専門用語を避け、「手描きパース」などで未来の暮らしを共有し、住民全員を「住まいを守る主人公」にする。
- 素材戦略:「外壁は皮膚、配管は血管」と考え、遮熱塗料や給水システムなど、長寿命化と快適性を叶える「アップグレード」投資を行う。
- パートナー選び:安さではなく、数字と感情のバランスを取れる「技術屋と哲学者のハイブリッド」な専門家を見極める。
このプロセスを通じて、面倒に感じていた理事会や説明会は、「自分たちの未来を決める場」として前向きに思えるはずです。
そして、その積み重ねこそが、未来の住まいを守り抜く力となります。
私の決め台詞は、今も昔も変わりません。
直すことは、守ること。
さあ、今日、あなたができる最初の一歩を踏み出しましょう。
それは、長期修繕計画書をもう一度開き、その数字の先にいる「未来の自分」の快適な暮らしを想像することから始まります。